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コンヴィヴィアリティ
私の信じるところでは、社会は、新しい生産システムの全体効率に対する、自立的な個人と一次集団の貢献度をより大きくするような方向で、再建されねばならない。
(中略)
実際には、産業主義的社会の諸制度はまさにその反対のことをしている。機械の力が増大するにつれて、人間の役割はますます消費者の役割に押し下げられていく。
(中略)
人々は物を手に入れる必要があるだけではない。暮らしを可能にしてくれる物を作り出す自由、それに自分の好みに従って形を与える自由、他人をかまったり世話をしたりするのにそれを用いる自由を必要とするのだ。
(中略)
豊める国々の囚人はしばしば、彼らの家族よりも多くの品物やサービスが利用できるが、品物がどのように作られるかということに発言権を持たないし、その品物をどうするかということも決められない。彼らの刑罰は、私のいわゆるコンヴィヴィアリティを剥奪されていることに存する。彼らは単なる消費者の地位に降格されているのだ。